幼いころに地方で育ったわたくしは、親だけでなく周囲のご老人の言うことにも影響を受けて育ったのだと思います。
古い考え方かもしれないが、お金がすべてではない、、、など。
ある意味正解で、ある意味不正解。
ほんとは正解なのだけど、お金がないと何もできないという条件付きで正解かもしれません。
でも、お金に執着がある人とない人で、考え方はいろいろ違うと思うのです。

お金で動いている社会は、お金という便利な「共通指標」を持っていて、芸術、科学、労働で成果をお金の形で表せます。
なので、互いに異分野の人でも協力し、人が共にはたらくという大きな力の源になります。
また、現実的に、衣食住、医療、教育などほとんどの必要なものはお金と交換しなければ手に入りません。
お金は資本主義経済の基盤なので生活に必要です。
「お金が価値の基準になる」のは必然で、社会の秩序を維持するための仕組みとも言えます。
お金に執着がある人にとっては、お金を中心に置いて「ゲーム感覚」を楽しめるのかもしれません。
数字で自分の成果を表せるため、努力のモチベーションになるのでしょう。
でもね、
お金を唯一の指標にしてしまうと、「人間らしさ」や「幸福」のような価値観がないがしろにされます。
見えにくい本当の価値には、人の笑顔や信頼関係もあり、人生を豊かにするうえで大切ですが、お金が介在しないと「価値がない」と思い込んでしまいがちです。
お金の指標だけに依存すると、心の充実(リア充)が後回しになります。
また、「お金=価値」と考えてしまうのはやや危険です。
介護や子育てのように、絶対に必要なのに報酬が低く評価されてしまう分野があります。「お金による価値評価」は必ずしも正しくなく、偏りや歪みがあります。
お金以外の指標(社会的貢献、幸福感、健康度など)も重視しないと、良い社会にはほど遠くなりそうです。
複数の価値基準で人や行為を評価すれば、お金のみに依存せずにさまざまな価値観が広がりそうです。
今後ますます進むデジタル社会なら、ブロックチェーンの技術などを利用して、なんとかならないものかと妄想します。
人それぞれが持っている、さまざまな能力が、簡単に指標化されてスコアとなり、そのスコアに沿ってお金が得られるのであれば、公平感はありますね。
無理かもしれませんけど。