yugusuki’s blog(ゆぐすきブログ)

ウェルネスに興味ある中年男性のいろいろブログです

成功と成熟、どちらを追求?

個人が成功するとは何でしょう。

一般的には、有名になって収入が高く、社会的地位が高いことを指すのかもしれません。

 

でも、よく考えると、世界中の人が成功してしまうなんてありえません

逆説的ですが、非成功者がいるからこそ成功者を作り上げられるのです。

成功とは、勝ち負けをはっきりさせる必要がある競争の結果ですから。

成功することが幸せと直接的に結びついているという勘違いは、年齢を重ねたどこかの時点で気づくはずです。

一方、個人が成熟するとは何でしょう。

それぞれの好きな目標に向かって満足するまで進むことかな、と予想します。

成熟は、個人それぞれかたちですから、理論的には世界中すべての人が成熟することは可能です。

 

「個人が成功する」とは?

資本主義社会や競争社会だからこそ強く意識してしまいます。

若い男性は競争好きの人多いですから。

でも、競争を否定してしまうと、メリハリのない社会になってしまいます。

アメリカの大リーグで活躍している人を否定する資格など、だれにもありません。

 

「個人が成熟する」とは?

自分の目標に向かって進み、満足することなのであれば、内面的な発展を目指すことになりそうです。

他者との比較よりも自己との向き合い方、プロセスそのもの、納得した生きかたでしょうか。

なので成熟は、幸せ感につながりやすい気がします。

 

ここでふと考えると、成功成熟と、どちらの方が概念として広いのかという疑問です。

りんご/果物 を例示すると、

りんご=>果物ですが、果物=>りんご ではありません。

 

成熟の中に成功があるのかどうか?

成功を追えば成熟につながるのか?、成熟している人は成功しているのか?

 

成功を追いすぎると、他人の目や一般的な基準を気にしすぎてしまい自分を見失う危険がありそうです。


でも、成熟した人であれば「成功していない」と見られても、満足感が高い「場合」がありそうです。

成功は一つの結果、成熟は一つのプロセス

AKBの「365日の紙飛行機」にある歌詞のような世界観ですね。

 

もしかしたら、成熟の中にこそ成功があるかもしれません。

 

そもそもアジア的な考え方には「成功」と「成熟」の対立ではなく、良くも悪くも融合的な考え方があるのではないでしょうか。

 

社会に貢献できる人間になることが「成功」であるとしても、内面の成長がない人は、本当の成功者とみなされないかもしれません。

たしかに、小さいころにかなり年上のじいさん、ばあさんは、似たようなことを言っていた気がします。

成熟がなければ、成功したとしてももろい。

 

「成功」は他者との比較に縛られたものであり、「成熟」は本来の自分に戻ることかもしれません。

成功とは「こだわり」であり、「成熟」とは「手放す」ことによって得られる自由な境地だとしたら、藤井風さんの「満ちてゆく」という歌のメッセージに通ずると思うのです。

 

わたくしが興味を持つ仏教の視点から見ると、「成功」は欲望の達成なのかもしれません。しかし、どれだけ成功しても満たされず、さらなる欲望を生む原因になりそうです。

一方、成熟した人は、自分の心の働きを観察し、欲望に振り回されません。

 

もしかしたら「成熟」こそが、本当の意味で無理のない成功をもたらすのかもしれません。

 

どう思います??